A Day in the Life

ペルーのプーノからボリビアのラパスへ・コパカバーナぶらり・南米45日目 / 2023年3月16日

朝3:30起きで、4:00のピックアップバスでプーノの船着き場へ。すし詰めのバスで夜中の船に乗り込み出国するの、密入国感ある。プーノの夜景を眺めながら船は出国。途中で何故か船がプーノに戻っていることに妻が気づき、たしかにGPSを見ると戻っている。プロが運転しているんだし流石に間違えないでしょと思ったが、30分ほど戻り続けていておかしい。ガイドに確認して、船のドライバーに伝えると船外に出て周りを確認した後、船は180度旋回して元のルートへ。えっ、間違っていたの…!そのため4〜5時間ぐらい道のりのはずが、6時間ぐらいかかってしまった。


国境のカサニの船着き場へ降りると、そこは臨時で作った船着き場のような場所で、みんなゾロゾロと降りてくる様はこちらも密入国感あるなぁ。カラマは素朴な所で、ボリビア入国イミグレーションでは特に何も検査されず入国のスタンプを押して貰う。その辺に両替所もあり、ほとんど損がないぐらいのレートでペルーソルからボリビア通貨のボリビアーノBsへ変えてもらう。


カサニからはガイド同行でコパカバーナへ20分ぐらいの道のり。昼食はコパカバーナでチチカカ湖名物というトラウト焼きを食べる。


コパカバーナの街が見渡せるCerro Calvarioという丘があるというので行ってみると、けっこうな坂道でめちゃくちゃしんどい。ちょっと登っては息を整える休憩を繰り返す。この辺は標高3900mぐらいで富士山頂より高く、酸素が薄いため何をするにも息が切れやすい。平地に比べて2/3ぐらいの酸素量らしい。ちなみにエベレスト山頂は1/3の酸素量らしく、酸素ボンベ無しの無酸素登頂のすごさが伺える。

丘のてっぺん付近では、地元の方々が小型の桑を持って草取りをしていた。マチュピチュもかなりの人が遺跡を整備していたし、観光地を維持するのも大変だなぁ。キリスト教の丘らしく、たくさんの十字架。


丘からのコパカバーナの街並み。広がる街と湖畔。チチカカ湖は琵琶湖の12倍の大きさで、丘の上からでも向こう岸が見渡せず、広さを感じた。


丘から降り、コパカバーナの大聖堂周辺をぶらぶら。メルカド〜土産物屋、個人商店等々。ボリビアに入って商品もちょっと変わってきたようだ。


女性はかなりの人が、ポリェラと呼ばれるボリュームが有る伝統衣装のスカートを履いていて印象的。


コパカバーナではラパスへのバス待ちのため5時間ぐらいの滞在で、時間つぶしが大変そうかもと思っていたが杞憂であった。湖畔の景色も良い。


18:00のバスでラパスに向かう。コパカバーナからティキナの道はまだ明るく、のどかな丘が続く。ティキナに近づくと、丘すべてが棚田になっている丘をたくさん見かける。どの棚田も急勾配に作られていて、耕作面積は少なそうだ。現在は使われておらず、朽ちてからだいぶ時が経っているようだけど、昔の人々はこんな大変そうな場所も開拓して住んでいたのだなぁ。棚田の丘に着く頃は暗くなってしまい、うまく写真が撮れなかったのが残念だ。


途中のティキナの村では、ボードでチチカカ湖を渡る。バスを降り、バスは別途別の巨大なボートで橋渡しをするようで面白い。人間は先に小型ボートであちら側の岸に渡っていたのけど、バスが渡るのにやたら時間がかかって、夜の寒空の中1時間弱ほど待つ。


ティキナからラパスへは2時間弱ほどの道のり。夜だし外は真っ暗なのだろうなと思っていたが、ずっと街明かりが続いていたため現地の人達の暮らしが垣間見れて面白かったな。ラパスに着くとバスの窓から見える夜景だけでも見事だ。ホテルに着くと22:30。今回の旅行では一番疲れた日で、倒れるように就寝する。


今回のクスコからラパスの移動は、旅行会社のPeru Hopを利用した。ずっと代わる代わるガイドが同行していたため、湖を経由するイレギュラーな国境超えでも安心感があり、メール等の問い合わせもしっかりと質問に答えてくれ(たいてい質問していたのは妻なのだけど、ありがとう)とても良かった。Peru Hopの利用は今回2回目で、ペルー旅行の際にはおすすめである。

撮影機材ricoh gr iiix/RICOH GR III

クスコからプーノへ・チチカカ湖のウロス諸島・南米44日目 / 2023年3月15日


ペルーのクスコから、ボリビアのラパスへは平時は1時間で着く飛行機が出ているのだけど、政情不安定な現在は出ておらず、別の便は2〜3回の乗り継ぎをへて9時間ぐらいかかるし料金も高い。クスコからラパスはバスも出ていて、こちらも平時なら13〜17時間で到着なのだけど、現在は陸路が閉鎖されていて(土日は陸路も行けるという噂もある)行くことができない。そのためペルーのプーノという街から、チチカカ湖をボートでボリビアのカサニへ移動することで陸路を使わずに湖を経由した国境超えを行うというルートもあるが、これまた時間がかかる。ただ自分たちは時間的にシビアなわけではないので、せっかくなのでプーノを経由して行ってみることに。

というわけで、クスコからプーノへまずは夜行バスで約7時間かけて移動。3列シートでかなり背もたれを倒せるタイプだったので、結構寝ることができて快適であった、乾燥気味でちょっと鼻喉が痛くなってしまったが。早朝ホテルに着くと、ふつうに早期チェックインさせてくれてありがたい。

実際に湖を経由するのは明日なのだけど、前日イミグレーションで出国書類にハンコを押して貰うことが必要とのことで、5〜9時と15〜19時に湖経由出国用のイミグレーションが開いているらしく、そのまま早朝チチカカ湖沿いのイミグレーションまで行って出国用の書類に判子を押して貰う。帰ってくると流石に疲れてホテルで睡眠。


昼食は近くのローカルの食堂で。ランチはメインを選び、スープとドリンク付き、それで一人7SOLなのでお安い。地元の人で賑わっていたので、良い食堂なのだろうな。ドリンクは温かい甘い麦茶のような味わい。


夕方はチチカカ湖のウロス諸島へのツアーに参加。ツアーとはいえ客は自分たちしかおらず、実質貸切ツアーとなった。船からウロス島に向かう途中、たまたま雨が降っている場所にきれいな虹がかかる。良いもの見れたなぁ。


チチカカ湖は標高3800mほどの高所にあり、ウロス諸島はトトラ葦という葦で作られ浮かんでいる伝統的な浮島。葦の上にできているので、島を歩くとふわっとした感触。料理も葦の上で行うと燃えてしまうため、石を積んだ上で行うとか。住人とガイドで、浮島がどのように作られるのか、人形等々を使って徐々に作っていくという説明方法で、解りやすく面白い。


湖にはたくさんの葦が生えていて、その隙間を縫うように船が行く。浮島は数ヶ月に一度、新しい葦を敷き詰める必要があって重労働。


ウロス諸島のウル族の刺繍。土産物はたっぷり買ってしまっていたが、かわいくて追加買い。島の地面は一面の葦。


その後は、葦で作られた船に乗ってチチカカ湖とウロス諸島をゆっくりと巡る。チチカカ湖とウロス諸島、プーノに来たのでとりあえず行ってみるかとあまり期待せず観光をしたのだけど、とても良い場所だったなぁ。疲れていたので観光せずにすごそうとも考えたけど、観光してみてほんと良かった。


プーノのホテルも自分たちしか泊まって居なさそうで、ホテルの人が言うにはとりわけプーノはしょっちゅうデモも起きているし、お隣ボリビアとの陸路も閉鎖されているしで、今今は客がほとんどこないとのこと。コロナが空けたと思ったらペルーは政治情勢が悪くなってしまい、とりわけ観光産業への打撃は引き続き大きそうだ。早く良くなればよいのだけど。

撮影機材ricoh gr iiix/RICOH GR III

クスコの市場・ペルー寿司・南米43日目 / 2023年3月14日

朝、土砂降りの音で目覚める。今日は雨が多い一日のようで、朝と午後は雨のようだ。今回の旅行、南米は雨季に関わらず、雨が降ったとしても一日のうちわずかで雨で困ったことがなくて、恵まれている気がする。

雨が降る前にと、午前中クスコの市場であるセントラル・デ・サン・ペドロ市場へ。観光客向けの土産物屋が立ち並ぶ一角から、ジュース屋や市場屋台的な店、野菜香辛料チーズ肉牛乳豆チョコレート日用品等々の店がジャンルごとに立ち並び面白い。肉屋では頭部全体ではなく、口だけ等部分的に売っていてけっこうグロテスクだ。イモ屋では十数種類の品種を売っていて、さすがジャガイモの名産地。ペルーで食べるジャガイモはどれもウマいのだよなぁ。料理に品種を慌てているのだろうなぁ。土産物屋は流石にもうたくさん見てきたので、と思ってもまた色々見てしまい、つい買ってしまう。ほんとペルー土産かわいい。


昼食は市場屋台で、ラム肉のスープとコンビナードを頼む。相変わらず量が多すぎてしまった。量少なめの店もよく見るとあったので、その辺を調査してから頼めばよかったなぁ。ラム肉のスープは羊独特の臭みがあり、またコンビナードの肉も内臓系が多い。自分は羊は色々食べてきて臭さにも慣ていて問題なかったけど、妻は苦手なようであった。


市場を出ると、市場の外でも周辺1-2ブロックの道端でいろいろなものが売られている。こちらも大変な賑わい。セントラル・デ・サン・ペドロ市場周辺も面白いなぁ。来てよかった。


食後のデザートにとローカルのアイス(1SOL)とチェロス(1.5SOL)を購入する、こういうのも良いのだよなぁ。そういえば日記ではペルーの通貨単位をSOLと表記してきてしまったが、実際の表記はS/だし、国際通貨の単位表記(?)ではPENなので、SOLは正しくないのだけどこのままこの日記ではSOL表記で。


夕食はこちらの寿司を食べてみたいとSUSHI BARへ。いわゆる巻きずしはMAKIと呼んでいるようで、セビーチェのMAKIとトラウト・アボカド・チーズのMAKI。セビーチェのMAKIはエビフライとカニカマが入っていた、なるほど面白い味わいだ。BARというだけあって、たしかにお酒にも合いそう。自家製のガリも出てきて、妻はご満悦。

撮影機材RICOH GR III/ricoh gr iiix

クスコでゆっくり・南米42日目 / 2023年3月13日


昨晩、久しぶりにスタバでカフェインを摂取したからか、夜ほとんど眠れず。南米旅行中に寝すぎということはあっても、夜寝れずは始めてだ。日本に居た頃はほぼ毎日1~3杯のコーヒーを飲んでいてカフェイン過剰気味だったけど、南米のコーヒーは大抵ネスカフェ的なものなのでほとんど飲んでおらず、カフェイン断ち状態だったからより効果的だったのかも。

というわけで朝から眠く、ホテルでたいていゆっくりしていた一日。ただベットに横になっても何故寝れずだったのだよなぁ。ホテルのインターネットは十分な速度で(30Mbps前後)快適。クスコからの山岳地帯はネット遅いのではとの懸念があったのだけど、オリャンタイタンボ、ピサック、クスコ、どこも20-30Mbps出るホテルや飲食店が多くて快適だ。マチュピチュ村はたいへん遅かったけど、N=1なので当てにならない。


遅めの昼食をとりに外に出ると晴れ。気温も20度ほどで、陽がさすと暑いぐらい。光による建物の陰影が美しい。


昼食は人気店、Jack's Caféでハンバーガーとサラダ、うまし。毎度ながらサイズが大きい!


夜は昨日も登ったビューポイント、Mirador de Plaza Sán Cristobalでクスコの夜景を見る。坂道を登るほどは元気がなく行きはタクシーで登る、アルマス広場から6SOL。思ったより観光客は少なく、地元民が楽しそうに写真を撮っていた。なおこの写真は色温度を青にいじり気味。


夕飯は宿の近くのクレープ屋で軽く済ます。子どもたちがアーニャの絵の寄せ書きを書いていて、この国でのSPY×FAMILYの人気が伺える。

撮影機材ricoh gr iiix/RICOH GR III

ピサックからクスコへ・南米41日目 / 2023年3月12日


朝起きて外を見ると、日曜日だからか中央広場でローカルな市が開かれている。農作物・肉・魚・ヒヨコ・日用品等々様々。お店の赤子が人参で遊んでいて、口に含んだりしているのだけど食べ物なら安心だね。


アルパカフォトサービスの女の子。生まれたてのような小さなアルパカを抱えて運んでいてかわいい。


ピサック村からクスコへはコレクティーボで移動。妻がtwitterで相場を調べてくれた通りの1人6SOL。今今の情報はやっぱりtwitterが強いなぁ。コレクティーボは途中で乗りたそうな人がいると声をかけて、また降りる場所もクスコまでの道中なら自由なようだ、なるほど。40分ほどでクスコへ到着する。


ホテルに荷物をおいて、高台の見晴らしが良いビューポイントへ。山沿いにびっしりとたくさんの建物。中心部以外はどこも坂道だ。


夕食、ペルー料理。毎度ながらうまし(語彙が…)。盛り付けも美味しそうなのだよな。今日は2品のみで、腹八分に成功する。クスコは標高が昨日までの2800mぐらいから3400mぐらいに上がるので、また高山病(食べすぎもよくない)に気をつけねばならない。


夜のクスコ市街。広場周辺の道はクラブ等々も多くドンチャンしていてナイトライフが楽しそう。

撮影機材ricoh gr iiix/RICOH GR III

ピサック村ぶらり・南米40日目 / 2023年3月11日

ピサック村を気に入り、一泊の予定をもう一拍延泊して、今日は村で一日をすごす。宿の朝食、満足な美味しさ。旬のフルーツは素材自体美味しいなぁ。


有名なピサック村の土産物市場へ。地球の歩き方には日曜のみ開催と書いてあるが、毎日開催との噂通り、土曜の今日も普通に開いていた。日曜のほうが開いている店は多そうだけど、十分色々なお店が開いていて目移りする。だいたい入荷元は一緒なので商品も似たりよったりなのだけど、店ごとに特色があって面白いなぁ。昔はローカルの人たちの市場だったらしいが、今は屋根付きの観光市場になったようだ。

我々夫婦もアクセサリ・小物・服・土産物・カバン等々アレヤコレヤとたっぷり買い物をしてしまった。ペルーの土産物は、どれもこれもかわいくて欲しくなってしまうなぁ。


土産物市場の片隅で子どもたちが熱中して何かを見ている。ちょっと覗くと虫同士を戦わせて競っているようだった。昭和の日本の子供的な!


午後はピサック村をぶらぶら。一面に広がるトウモロコシ畑、その先のアンデスの山々を見ながらぼーっとする。これがチルというやつか。


村スナップ。ヒッピーが沈没するのに良さそうな村で、ヒッピー姿の人達やゲストハウスを結構見かける。屋根の上には、プカラの牛と呼ばれる二匹の牛の置物。手足を投げ出してゴロンと寝転がる犬。村中からはたいてい山々が見える。


ローカルなメルカド(市場)。その場でジューサーで果物を混ぜて作るミックスジュース(8SOL)は、一つを頼んだらグラス4杯分もの量が。味は旬の果物を選んだのでもちろん美味しいが、2つ頼まないでほんと良かった。


ジュースでお腹が膨れてしまったので、夕食までもうちょっと間を開けようともうひとぶらり。素焼きに柄を描いて売っている工房に入って、いくつか購入する。大抵の土産物は工場による大量生産ではなく、まだまだ手での制作物が多いのだなぁ。


夕食はカリフラワーの揚げ物、キヌアのスープ、チキンラップ。連日食べているペルー料理はホントどれも美味しい。味付けが我々好みなのだよなぁ。が、量が多すぎてしまった。どれもこれも写真からはわかりにくいが巨大である。2品にしておけば腹八分目ぐらいでちょうどよかったなー。


この辺の人たちはみんな親切。たいていすれ違うと挨拶をしてくれるし、今日もATMどこだとか、この薬を売ってそうな場所はどこだ、とか尋ねると親切に教えてくれる。我々は簡単なスペイン語しか解らないが、それでも色々と意思疎通をはかってくれる。昨日は観光地であるピサック遺跡に行くと、ペルーの家族が一緒に写真取ろうよと声をかけてくれたり、牧歌的な感じがする。良い場所だなぁ。

撮影機材ricoh gr iiix/RICOH GR III

ピサック遺跡・南米39日目 / 2023年3月10日


オリャンタイタンボからピサックへ移動の日。宿の主人が、タクシーなら200SOLかかる、コレクティーボでウルバンバに行って、ウルバンバからローカルバスでピサックなら合計一人10SOLぐらいでに行けるよ、と教えてもらう。タクシーでも80SOLぐらいじゃないかな、と思っていたのだけど、そんなにかかるなら安い行き方で行くか〜とコレクティーボ乗り場に向かう途中、タクシーの営業がかかったので交渉。ピサックまで幾ら?と聞くと100SOL。200SOLぐらいすると聞いたばかりだったので、それに比べたら全然お安い。当初想定していた80SOLでどうと交渉するとやー100SOLからはまけられないとのことで、まぁ100SOLで良いか(交渉次第ではもっと安いタクシーも捕まえられそうだけど、他にタクシーがちょうど居なかったので)と乗せていってもらう。

写真はオリャンタイタンボのその辺で飼われていた羊、かわいい。


オリャンタイタンボからピサック村へは、ウルバンバ川沿いの道を通っていく。何度も書いているがほんとアンデスの山々が綺麗で、車から外を眺め続けていても飽きない。約80分の道のりもあっという間で、ピサックへ到着する。途中バンバン車を追い抜いて行ったのだけど、パトカーの後ろについたら流石に追い抜けないらしく、低速(というか通常速度)運転となってなるほど。

途中、クイ(モルモット)の像がたくさん見かける場所があり、何かと思ったらクイ料理屋一帯であった。まだクイは食べておらず、一度は味見をしてみたい。


ピサックの泊まろうと思っている宿に、今回は各種予約サイトを使わずに直接訪れて泊まれるかを聞いてみる。各種予約サイトを使わないほうが手数料がかからない分お安いとの話を聞いてたしかになと思い、また今ペルーは観光客が政情不安定につき少ないため、かなり空き室があったようなので。すると、各種予約サイトの最安値よりさらに20%以上安い値段を提示され、即決する。

ウェルカムドリンクとして、ムニャというハーブティをいただく。ムニャはペルー高地原産のハーブで、高山病各種にききそうな効能がたっぷりと含まれているらしい。味も程よい美味しさで好きな感じ。昨日食べたキヌアのスープにも入っていたなぁ。宿は中庭が植物たっぷりで良い感じ。


ピサックの村から遺跡へは500mぐらい登るらしく、軽い登山な感じになるのだけど、なんとタクシーで上まで登れてそこから下るだけ、というルートが楽で良いらしい。のでタクシー(25SOL)で20分ぐらい山道を登り、遺跡の出口兼入口から入る。昨日のオリャンタイタンボ遺跡と二日間有効の共通チケットで入れ得した気分。なお、遺跡の入口からすでに山・川・村が見渡せて良い景色だ。

ちゃんと手入れをされている場所、朽ちている場所等々はあるが、山一帯遺跡になっていて広大なスケール。棚田のような広いだんだんの壁も多く見受けられる。


遺跡で草をむしゃむしゃ食べるアルパカ。子アルパカはとりわけかわいいなぁ。


なんだかんだで、ピサック遺跡を出るまで4時間ぐらいかかる。1時間ぐらいかなと勝手に思っていたので、我々中年夫婦はけっこう満身創痍気味。出口はピサック村に繋がっていて、進むと徐々にピサック村が見えてくる。山には他にも色々なルートがあって、きれいな風景と遺跡を見ながら、なんだったら一日中ブラブラできそうな場所であった。来てよかったピサック遺跡、とても満足度が高かった。マチュピチュまで来たら、せっかくなので是非とも立ち寄ってもらいたい場所だ。


夕食はLa Ruta - Restaurante gourmet Pisacでトラウト焼きと、鶏肉のきのこソースがけマッシュポテト添え的なものを食べる。これが昨日に引き続き大当たりのレストランで、どちらも見た目も美味しそうだし、味もとても美味しい。とりわけ、きのこソースのきのこ旨味が強烈。ペルー料理、良い店に入るとほんと美味しいなぁ。


夜の宿。雰囲気良し。

撮影機材RICOH GR III/ricoh gr iiix

オリャンタイタンボ遺跡・南米38日目 / 2023年3月9日

マチュピチュ村からオリャンタイタンボへペルーレールで戻る。マチュピチュ村の駅では列車の到着まで日本人の方と話し、国境超え情報交換や、今後行く予定の国の通貨交換等々をする、おお旅っぽいぞ。乗った車両はやたら日本人が多く、4〜5割は日本人なんじゃなかろうか。この時期は日本の長期休みも多く、またお隣ボリビアのウユニ塩湖も日本人に人気の雨季(欧米人には乾季の一面塩が人気)なので、日本人が多いシーズンなのかもしれない。

列車の風景、行きは日の出前で暗くほとんど寝ていたら到着したので景色はほぼ楽しめなかったのだがが、帰りは日が出ている時間、かつ景色の良い席に座れたので、風景を眺めながら。行きは60USDとかけっこう高いよなぁと思ったが、帰りはアンデス山麓の切り立った山々、流れる川、素朴な風景等々を延々と眺められ、これならそれぐらいとって良い価格だ。


オリャンタイタンボでは、マチュピチュに行ってしまって素通りする人が多いというオリャンタイタンボ遺跡(砦跡)に。登って10分で絶景、との噂通り、階段を10分ほど登るとオリャンタイタンボの素朴な町並みが見渡せここもマチュピチュとは違った良さがあるなぁ。高台にある遺跡はぐるっとゆっくり一周して2時間弱ぐらいなので、ちょっとした時間がある人はよってみると良さそうだ。


昼食兼夕食は、Koricanchaというお店へ。中央広場に面したお店なので、観光客向けでしょとそれほど期待せずに入ったらどれも美味しい。トラウトのセビーチェ、キヌアのスープ、アルパカのステーキ。

キヌアのスープはトラディショナルな物とそうでないものがあり、シンプルなそうでない方を頼んだのだけど、ちょっと化学調味料的なもの使っているからか、なんかやたら美味しかった。うまいヘルシー食べるスープという感じ。初めて食べるアルカパ肉は臭みもほとんどなく、ふつうに美味しい。また付け合せのマッシュポテトが、人生で今まで食べてきたマッシュポテトのなかで一番美味しいのでは、という味。ジャガイモがちがうのだろうなぁ。また店員も英語が堪能で、あれこれ質問してもとてもコミュニケーションもスムーズ。というわけで大満足の食事となった。


オリャンタイタンボの村は、マチュピチュ村のように観光店がギュッと詰まって無くて程よい感じだ。石畳と水路が風情がある。


オリャンタイタンボでは、世界一周をしている日本の夫妻となんどもすれ違い、その都度その都度ちょっとずつ雑談が進んで面白かった。旅の出逢いは良いよな〜と思いながら、英語やスペイン語が堪能なら同じような体験をたくさんできて、もっと楽しくなるのになぁとも思ったり。


新しく宿泊する宿が、予約した部屋は改装中とのことで別の部屋を案内され、まぁ良いかと現地支払を済ます。あれでも予約した部屋のほうが良い部屋だったよなぁと、予約サイトを改めて確認すると案内された部屋のほうがやはりそこそこ安い部屋で、差額を取り返すべく交渉。部屋を見てOKと言って支払ってしまったため、こちらにも少々落ち度はあるので、全額とはいかなかったが大部分は取り戻す。

その後、部屋に小さなサソリが出現する。妻がスタッフを呼びに行っている最中、自分は紙で包んで窓の外に追い出す。スタッフが来ると、また入ってきたら危ないからねと部屋の窓の至るところに強力な殺虫効果がありサソリ等が寄り付かなくなるというスプレーを噴射し、部屋中が殺虫剤臭くなってしまう。そんな強力な効果があるなら人体にも有害なのでは…、と全力でドアや窓を全開にし換気をすると、今度は飛ぶ虫が入ってきてしまい…といろいろ大変な感じになってしまった。

こんな感じで宿トラブルに見舞われたが、体験として大変だったなぁと面白がる程度には今は心身ともに余裕がある状態なので良かったなぁ。

撮影機材RICOH GR III/ricoh gr iiix

マチュピチュ遺跡・南米37日目 / 2023年3月8日


早朝の列車に乗るため朝4時に起きる。懸念していた高山病の諸症状は、夫婦ともどもとりわけ起きてはおらず良かった。ホテルでは簡単な朝食を包んでもらう、ありがたい。朝食を用意してもらうこともそうだけど、我々に合わせて早朝に起きてくれる宿オーナーに感謝だなぁ、始発組は我々しか居なかったようだし。ホテルのロビーかわいかったな。


外は街頭のみで暗い中、駅へ。始発の5時のペルーレールに乗り込みマチュピチュへ向かう。大きな荷物は電車に持ち込めないとのことで、オリャンタイタンボの宿に荷物を預かってもらい、最小限装備の小型リュック一つを持っていく。実際は大きな荷物も電車に持ち込めるようだけど、まぁ軽量装備のほうが楽なので。オリャンタイタンボからマチュピチュ村へは2時間ほどの道のりだが、寝ていたら一瞬で到着する。


マチュピチュ村でバスのチケットを買い、遺跡がある山へ20分ほどかけていろは坂のような急カーブを上っていく。遺跡に入るには印刷した紙チケットが必要、とのことで購入したのはeチケットでバーコードもあるし不要じゃないのかと思ったが、念の為オリャンタイタンボの宿で印刷してもらった(印刷屋もあるようだった)ら、普通に物理スタンプを押して確認していた…。


遺跡に入ってしばらく坂道を登る。段々になっている石壁が見えテンションが上がる。遺跡全体が見渡せるスポットに到着すると霧で全然見えない!!午前中は霧が出ることが多いらしいとは知っていたがこれが霧か〜。ただちょっと待つと霧が晴れてきて、少しずつマチュピチュ遺跡の全貌が現れてくる。霧が晴れて見渡せた時はうおーーー美しいと感動。よくもまぁこんな切り立った断崖に住居を作ったよなぁ。


マチュピチュ遺跡は飛び込む景色、どこを切り取っても絵になる。石畳、だんだん作りの壁、そしてマチュピチュ遺跡全体を眺める風景、素晴らしい。リャマもその辺をウロウロしながら草を食べていて面白い風景、昔なにかの撮影で連れてきたリャマが野生化したとらしい。


マチュピチュ遺跡をぐるっと一周して4時間弱ぐらいで遺跡を出て、午後はマチュピチュ村に帰る。ホテルのチェックインが早い時間帯から可能だったので、チェックインしてベッドに横になると3時間ぐらいぐっすり眠ってしまう。なんだかんだで朝早くから行動したりしていたので疲れたのだなあ。


夕方外に出かけようとすると、結構な雨がふり、雨が止むのを一時間ほど待つ。午前中にマチュピチュ遺跡に行ってしまってよかった。マチュピチュ村は、狭い場所に観光ショップがぎっしり詰まっていてあまりみところがある村ではないのだけど、せっかくなのでぶらぶらする。川沿いを流れる川、温泉もあったりして、日本の温泉街といった馴染み深い雰囲気も感じられて面白い。なおマチュピチュ村を作るのに尽力した人は、野内与吉という日本人である。


おみやげショップ通りはお店がぎっしり。ペルーの土産物はどれもかわいくて、欲しいものがたくさんあるのだよなぁ。マチュピチュ村は高いようだし荷物も増やせない(リュックひとつ)しで、後日別の場所で買おう。


夕食はレストランは観光地価格で、かつ行ってみようと思っていたお店も開いていなかったため、ローカルの人が道端で売っていたハンバーガーや果物を購入しホテルに戻って食べる。食欲もそれほどないので、これぐらいがほどよく十分な食事であった。高山病対策にも食べ過ぎは良くないしね。


人生でマチュピチュ遺跡に一度は来れてよかったなあ。日本人(少なくとも自分)はむかーしからマチュピチュ遺跡を事あるごとにテレビなどで見てきたので、あの場所に来たのだなぁと思うと感慨深い。

撮影機材RICOH GR III/ricoh gr iiix

リマからクスコ経由でオリャンタイタンボへ・南米36日目 / 2023年3月7日

リマの宿を出て空港へ。バランコ地区で泊まっていた宿はsecond home peruというところで、大変良かったのでおすすめである。Uberで空港に向かうと、朝の渋滞に付き30分ぐらいの道なはずが1時間ぐらいかかってしまった。首都の空港なのだが、小さな空港なので飛行機が滑走路で渋滞していて結果1時間弱ぐらい遅れてのフライト。空から見るリマは、さすが人口1000万人都市なだけあって、どこまでも街が広がっているのであった。徐々に景色が変わっていき、山岳地帯になり、1時間ちょっとでインカ帝国の都クスコへ。


クスコに降り立って景色を見ると、雲が近い!クスコは標高3300〜3400mほどで富士山並の高さ。タクシーで街中のコレクティーボ(乗り合いタクシー)乗り場に行き(乗り場まで交渉して15SOL)、オリャンタイタンボ行きのコレクティーボ(一人20SOL,もっとボロい車なら安くなりそうだったが、快適そうなバンにした)に乗る。クスコの街中は楽しそう、またしばらくしたら戻ってくるであろう。そしてやはり雲が近い。


1時間半ほどかけ、クスコからオリャンタイタンボへ。途中の道はではアンデスの山々、畑等々のきれいな風景が望め、見ていて飽きない。あっという間にオリャンタイタンボへ到着する。


オリャンタイタンボからマチュピチュ行きの電車のeチケットをWebで購入する。するとeチケットを印刷しなくてはならない、チケット売り場で印刷してくれる、といった記事をいくつか見かけ、eチケットなのに印刷が必要なんて事あるのかとは思いつつ、散歩がてらチケット売り場まで行き、スタッフと話すとやはり印刷は必要なくeチケットを見せるだけで良いらしい。


ホテルオーナーが散歩するならメチャおすすめの場所ある、と教えてくれたQelloraqay Archeological Siteへ散歩する。妻は疲れ気味(高山病対策にも、高地になれるまでは無理しないほうが良い)だったので休んでもらい、一人で行ってみる。オリャンタイタンボは有料の遺跡があり、そこが名所なのだけど、こちらの遺跡は無料。今日は時間もないし、遺跡は高台にあるので運動するのも高山病になりやすくなってしまうので、ほぼ高低差がないQelloraqay Archeological Siteまでの道は良かった。

遺跡に向かう途中、アンデスの山がすぐ後ろにあるサッカー場で子どもたちが練習している。絶景のサッカー場だ。そこを抜けると、馬や牛が現れ、その奥に素朴な遺跡。遺跡の周辺もどこもかしこも良い景色。はー良い場所だなぁ。教えてくれたホテルオーナーに感謝。


夕食は、これまた高山病対策には、お腹いっぱい食べると良くないとのことで、散歩がてら見つけたローカルな屋台で串焼き(ジャガイモつき、2本で5SOL)とポヨアラブラサ?(鶏肉を揚げたもの、炒飯、パスタ、6SOL)を食べる。妻と二人で腹7部ぐらいでちょうどよい感じ。メルカドの八百屋で小さな固めなモモもデザートに買ってまるかじりする。


夜も中央広場は明るい感じ。ただ観光客が政情不安定につき少ないため、観光賑わい的なものは控えめであった。本来はもっとワイガヤしてそうだなぁ。


クスコに滞在せず、その日のうちにオリャンタイタンボへ移動した理由は高山病対策。クスコは標高が高く高山病になりやすいのだけど、オリャンタイタンボは標高2700〜2800mぐらいと500mほど下がる。高山病は2500mぐらいから発症しやすくなり、高ければ高いほどかかりやすくなるらしい。ので、少しでも標高を下げたかったのだ。

妻が呼吸器の持病のためパルスオキシメーターを持ち歩いているのだけど、クスコについた直後に図ると自分も妻もなんと88。95以下が良くないと言われる数字で、88だと何をしても息が切れ、かなり息苦しい状態だ。深呼吸を続けると数値は徐々に回復していき、自分は98(正常な状態)に、妻は95-96ぐらいまで戻る。深呼吸は高山病対策にきくのだなぁと事あるごとに深呼吸している。高山病に一番かかりやすいのは夜寝るときで、無意識下での呼吸制御が難しく、酸素不足に陥って高山病化しやすくなってしまう。明日朝、問題ないと良いのだけどなぁ。

撮影機材RICOH GR III